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70年代。福岡には天神の『照和』、ここ西新の『JA-JA』(当時の名前は“LIVE”)など、まだ数えるほどのライブハウスしかありませんでした。“めんたいロック”という言葉が生まれるその前から、音楽と刺激を求めて『JA-JA』にやってくる若者たちで、商店街は夜も賑わっていたそうです。「当時ここに出ていたバンドマンやお客さんは今40~50代ですが、今でも当時の音楽仲間は続いていると聞きます」と、オーナーの石橋みゆきさん。若者たちにとって西新、そして『JA-JA』は音楽や文化の発信地であり、コミュニケーションの拠点になっていたのです。 80~90年代も、数多くのミュージシャンやバンドが、『JA-JA』から巣立っていきました。高校生時代の草野マサムネさん(スピッツ)も、ここのステージに立っていたとか。そんな若き才能を応援し、時に支えていたのが、10年前にこの世を去った、前オーナーの石橋修三さん。みゆきさんのご主人です。LIVEの楽しさを、良いバンドをより多くの人に知ってもらいたい。その情熱と豪快な行動力から「兄やん」と慕うミュージシャンは、福岡だけでなく数多くいるそうです。大阪出身のバンド・ウルフルズもしかり。まだ関西のみで活動していた頃に、大阪で彼らのライブを観た修三さん自ら福岡に呼び寄せ、なんと自宅に泊めてまで、『JA-JA』でのライブを実現したというエピソードも。 ![]() |
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![]() 2010年は、修三さんの10周忌。ラジオパーソナリティでミュージシャンの米岡誠一さんら、修三さんと親しい人達と企画した1月のメモリアルライブには、多数の有名アーティストが出演。お客様も30~50代の、昔から『JA-JA』で音楽を楽しんでいた世代が大集結し、4日間にわたって大いに盛り上がったそうです。しかしみゆきさんの心にはこんな想いも…。 「ここ10年、出演者もお客さんも若い世代がすごく減りました。いま『JA-JA』に出演しているバンドは30代~40代が中心。20代だと大学のサークル活動は多いのですが、プロを目指している人は少ないように感じます。全国的にも音楽不況が言われているし、若い人たちの聴き方、楽しみ方も変わってきたのかもしれないけど…。でもやっぱりライブの躍動感や、音楽を通じて人との絆ができるということを、伝えていきたいですよね」。確かに90年代後半くらいまでは、西新にも楽器を担いだ若者も多かったけれど、最近ではあまり見かけなくなりました。 |
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「ライブの良さを肌で知っている世代がライブをし続けること、行き続けることで、その子ども達の世代にもきっと伝わると思います。私も時々、中学生の娘を連れてライブにいきますよ。そうやってまた、新しい世代が音楽シーンを盛り上げてくれればいいですよね」とみゆきさん。西新の町全体にも同じことが言えるのかもしれません。“懐かしくて温かい”だけではない、熱い想いに突き動かされるような新たな魅力が必要なのです。 ![]() |
| [ 2010年6月1日更新 ] | |








